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人間、誰しも「ゼロからの出発」は大変なことですが、もしもそれが「マイナスからの出発」だったら……。想像してゾッとしている間もなく、倒産、借金返済の現実が、著者・石山清さんの前に迫っていました。家屋敷を売り払っても、まだ残ってしまった2500万円もの借金。なんとか地元で1年間は頑張ったものの、これでは完済するまで何年かかるか分かりません。一時は暗いことを考えたときもあったそうですが、そこで石山さんの胸に芽生えたのは「やるっきゃない」という思い。とにかく借金を完済する、という気持ちだけで、上京したのです。 スポーツ紙の求人欄に目を通し、「手取り50万円」という文字が飛び込んできたのが、タクシードライバーを始めるきっかけに……。車の運転には多少の自信はあったものの、タクシー業務は全てが未知の世界。おまけに地元・岩手の道ではなく、まだしっかり頭に入っていない東京の道を走らなくてはなりません。浅草−新宿、新宿−渋谷間の道順しか知らなかった頃に、怖いお兄さんたちを乗せることになり、おまけに途中で行き先変更を告げられたことも……。手には汗、心臓バクバクの運転も石山さんは経験してきました。 酔っぱらいや、おカマさんなど、いろいろな人を乗せながら、走り抜いた東京での6年間。それは、タクシー運転手として、車内で繰り広げられる悲喜交々の人間模様を見続けた時間でもあります。石山清さんは、運転席から見た印象的な出来事を1冊の本にまとめました。一般書籍として10月に発売された『東京タクシー物語』は反響を呼び、すでに増刷を重ねています。電子書籍版もBoon-gate.comで11月15日から販売されています。ぜひ、ダウンロードしてみてください。まずは立ち読みからでもOK! 事実だからこそ面白い――全100話を収録した、笑いあり涙ありのエッセイです。 |
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借金返済のため、岩手から上京し、タクシー運転手になった著者の石山清さん。ゼロから……ではなく、マイナスからの出発で、当初は不安もあったそうですが、お客さんを乗せたことで、心配は一挙に解決されたそうです。そこで学んだのは「素直に聞けばいい」という精神。“仕事は教えられて覚えるもの。聞いて、聞いて、覚えていけば良い”――これはタクシー業務に限らず、どんな仕事をしていく上でも当てはまる秘訣と言えるでしょう。
タクシー運転手は、正確にお客さんを目的地に送り届けるのはもちろんのこと、話相手になったり、時には人生相談役にまわったりと、まるで役者さんのように、いろいろな顔を持っていなければなりません。その点、二十歳の時に劇団の門をくぐったことのある石山さんならお手のもの。お客さんの気持ちに合わせ、臨機応変に対応します。
それでも、こんなお客に当たってしまった日には、心の中も穏やかではすみません。――携帯電話片手に乗り込んできて、行き先も告げずに話し込んでいる女性客。電話の向こうの相手と痴話喧嘩を始めたと思ったら、切るや否や「もういいわよ。さよなら」とドアを自分で開けて出ていってしまう、なんてことも。タクシー運転手さんにも苦労は多いようです。酔っぱらいの客や態度が横柄な客……。悲喜交々の人間模様が見える車内での出来事を、石山清さんは軽快な筆致でサラリと伝えてくれます。オチのある話も盛りだくさん。思わずお腹を抱えて笑ってしまうエピソードも次々と出てきます。
東京でタクシーを運転していれば、有名人を乗せる機会にも恵まれるようです。あの巨漢ながらリズム感抜群、ハワイ出身の歌って躍れる元大関を乗せたことも。タクシードライバーは英語も堪能でなくてはなりません(……といいつつ、向こうが日本語上手なんですね)。
第5話では、○○○ポーズの生みの親といわれる伝説の元ボクサーがご乗車。現在も、その口から次々と発せられる奇想天外なガッツ語でテレビ界を席捲するあのお方の、物事に動じない生き方に最敬礼!
その他にも、お客さんには本当にいろいろな人がいるようです。デートにタクシーを使った若いカップル。中華街に着いたとき、何と男性の方が「運転手さんもいっしょにお昼を食べませんか?」――もちろん石山さんは丁重にお断りしたそうですが、その後、女性のご機嫌は斜めに? 帰り道のお二人は何と無言……。そこのお兄さん、運転手さんよりも、彼女の気持ちを大切に!
もちろんタクシー業務には、支払いに関してのトラブルはつきもの。石山さんは、乗り逃げにも3回ほど遭っているそうです。「運転手さん、ちょっと待っていてください。お金を取ってきます」と言い残し、それっきりの人……。でも中には律儀な女性もいて「今、お金がないので必ず郵送します」と住所と名前を書いていく方も。数日後、石山さんが事務所に顔を出すと「お〜い、女の人から書留が届いてるぞ」と呼び止められ、信じて良かったと思うひとときが訪れたそうです。
また、この作品にはタクシーにまつわる話だけでなく、時には娘さんとのやりとりなど家庭での面白い出来事も挿入されています。一服の清涼剤としてご堪能ください。
平成元年から七年まで続けた、東京でのタクシー運転手生活を終え、石山清さんは現在、故郷に帰り、家族とともに暮らしています。借金を返済し、田舎に戻ったとき、「マイナス」が「ゼロ」になった瞬間を体感し、改めて「ゼロ」の素晴らしさを噛みしめたそうです。倒産によって変わった人生を幸せに感じる、と語る石山さん。そのバイタリティと前向きな気持ちが、東京でのタクシー物語を成功に導いたのですね。 |
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昭和31年 岩手県山田町生まれ。 岩手県立宮古水産高等学校卒業。 岩手県在住。
岩手県宮古市「浄土ヶ浜」にて
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――本書に収録された100のエピソード、どれも面白くて、あっと言う間に読み終えました。もともとは石山さんのホームページで掲載していたものだそうですね。
石山:東京での生活を終えて故郷の宮古に帰ってから、自分のホームページを立ち上げたんです。このサイトに東京でのタクシー乗務体験を、毎日1話のペースで書き始めました。とはいえ、だんだん間隔が空いて、2〜3日に1回に、終盤は1週間に1回になっちゃったけど(笑)。でも最終的には110あまりのエピソードをアップしました。書いてる時から「100話を超えたら本にしようかな」と漠然と考えていたんです。
――どのエピソードからも車内の雰囲気が濃密に伝わってきて、絶妙なオチも楽しめます。初めての執筆とは思えませんが、文章を書くことに興味はあったのですか?
石山:うーん……そんなのは全然無いですねぇ(笑)。文章というかね、何かを“やる”のが好きなんですよ。たまたまインターネットというものが普及し始めていて、自分でもホームページを作れそうだ、じゃあそこで何か書いてみようかと。あくまで「1日に1回必ず更新される面白いコンテンツがあれば、リピーターに楽しんでもらえる」と思ったのがきっかけなんです。
――1話1話がショートショート形式。面白くてすぐ読めると評判です。
石山:短歌や俳句の良さのように、1文1文をできるだけ短くし、インパクトを持たせようと工夫しました。4コマ漫画の感覚に近かったかもしれませんね。ふくらませて長い作品を作ることもできるだろうけど、そういうものを創る気はなかったんです。
――また出版過程の記録を『東京タクシー物語』の公式サイト http://taxi-story.cool.ne.jp/
に載せていらっしゃいますね。これを読むと、ホームページ運営からエッセイ執筆、そして出版と石山さんが存分に楽しんできたことが伝わってきます。
石山:私にはどうもお茶目なところがあるらしく(笑)、楽しいことがあると「こんな風だったよ!」と皆に言いたくなっちゃうんですよね。本ももっと売れてほしいんだよなあ。
――タクシーの運転手さん達におすすめですよね。バイタリティ溢れる石山さんの、ますますのご活躍を楽しみにしています! |
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